ISBN-13: 9784865780734
刊行日: 2016/06
中央アジアを、一人で歩く。トルコ~イラン国境手前から、ウズベキスタンの古都サマルカンドへ!!
イラン、トルクメニスタンを経てウズベキスタンへ、時には危険を感じながら、出会う人々の温かさにふれ、ただ歩く!! 最も根源的な行為に、自分が洗われてゆく。
“シルクロード(イスタンブール~西安)1万2千キロをすべて徒歩でゆく”という途方もない目標をたてた著者の旅行記、その第2弾。
目次
1 嵐
2 バザール
3 キャラバンサライ
4 渇 き
5 泥棒警官
6 テヘラン
7 砂 漠
8 芸術家たち
9 タリヤーク
10 サヴァク
11 巡礼者たち
12 国 境
13 トルクメン人
14 カラクム
15 ブハラ
16 サマルカンドの青い空
訳者あとがき
関連情報
道はそこを歩く私に、おそらくどんな富にも負けない贈物をくれた。続けたいという気持にさせてくれたのだ。
そればかりか、肉体がとことん酷使されることによって乗り越えられ、ついに思考を自由に羽ばたかせるとき、神的なものに触れたいという思いにさせてくれた。
私はさらに二千六百キロと四カ月のあいだ、息をするように夢を見たい……。もっと先に行き、もっと身をそぎ落し、このささやかな荷をもっと軽くする。
心の準備を済ませ、悟りの境地で死を迎えられるときまで。
(本書より)
●ベルナール・オリヴィエ(Bernard Ollivier)
1938年、ノルマンディーのマンシュ県の小村ガテモに生まれる。父は石工、7人の子供を抱える貧しい家だった。16歳で学業を離れ、建設労働者として働きはじめる。その後、さまざまな職を転々とする(港湾労働者、レストランのギャルソン、セールスマン、自動車修理工ほか)。その間、18歳のとき結核で一年間の入院生活。退院後、スポーツで健康を回復、20歳から働きながら通信教育を受け、26歳でバカロレアを取得。ついでジャーナリスト養成所の免状を得て、以後15年間を政治記者、次の15年間を経済・社会記者として、ACP(通信社)、『パリ・マッチ』誌、『コンバ』紙、第一チャンネル(テレビ)、『フィガロ』紙、『ル・マタン』紙などで働いた。50歳頃からテレビの脚本も何本か書いている。
45歳でそれまで毎日二箱吸っていた煙草をやめ、マラソンに取り組み、仕事のかたわら、ニューヨーク・マラソンをはじめ20回ほどマラソン大会に出場。
51歳のときの妻の死に加え、60歳での定年で前途の希望を失い、ひどく落ち込んだが、サンティアゴ・デ・コンポステラの巡礼の道を歩くことを決意。歴史的な道を歩くことの喜びを発見し、翌年には壮大なシルクロードの徒歩旅行に旅立った。その旅が『ロング・マルシュ』という本に結実。
以後も精力的に著作を続けるとともに、歩くことによって非行に走った若者たちを立ち直らせる活動に取り組む。この活動のため「スイユ」という組織を創設、『ロング・マルシュ』の印税をその運営費に充てる。
著書に、『ロング・マルシュ ? アナトリア横断』(本書、2000)『ロング・マルシュ ? サマルカンドへ』(2001)『ロング・マルシュ ? ステップの風』(2003)『どん底物語』(短編小説集、2001)『マッチと爆弾』(大都市郊外の若者たちの惨状を論ずる。2007)『人生は六十歳から』(2008)『ロワール河の冒険』(2009)『世界を手玉にとったローザの物語』(長編小説、2013)ほか(出版社はすべてフェビュス社)。
そればかりか、肉体がとことん酷使されることによって乗り越えられ、ついに思考を自由に羽ばたかせるとき、神的なものに触れたいという思いにさせてくれた。
私はさらに二千六百キロと四カ月のあいだ、息をするように夢を見たい……。もっと先に行き、もっと身をそぎ落し、このささやかな荷をもっと軽くする。
心の準備を済ませ、悟りの境地で死を迎えられるときまで。
(本書より)
●ベルナール・オリヴィエ(Bernard Ollivier)
1938年、ノルマンディーのマンシュ県の小村ガテモに生まれる。父は石工、7人の子供を抱える貧しい家だった。16歳で学業を離れ、建設労働者として働きはじめる。その後、さまざまな職を転々とする(港湾労働者、レストランのギャルソン、セールスマン、自動車修理工ほか)。その間、18歳のとき結核で一年間の入院生活。退院後、スポーツで健康を回復、20歳から働きながら通信教育を受け、26歳でバカロレアを取得。ついでジャーナリスト養成所の免状を得て、以後15年間を政治記者、次の15年間を経済・社会記者として、ACP(通信社)、『パリ・マッチ』誌、『コンバ』紙、第一チャンネル(テレビ)、『フィガロ』紙、『ル・マタン』紙などで働いた。50歳頃からテレビの脚本も何本か書いている。
45歳でそれまで毎日二箱吸っていた煙草をやめ、マラソンに取り組み、仕事のかたわら、ニューヨーク・マラソンをはじめ20回ほどマラソン大会に出場。
51歳のときの妻の死に加え、60歳での定年で前途の希望を失い、ひどく落ち込んだが、サンティアゴ・デ・コンポステラの巡礼の道を歩くことを決意。歴史的な道を歩くことの喜びを発見し、翌年には壮大なシルクロードの徒歩旅行に旅立った。その旅が『ロング・マルシュ』という本に結実。
以後も精力的に著作を続けるとともに、歩くことによって非行に走った若者たちを立ち直らせる活動に取り組む。この活動のため「スイユ」という組織を創設、『ロング・マルシュ』の印税をその運営費に充てる。
著書に、『ロング・マルシュ ? アナトリア横断』(本書、2000)『ロング・マルシュ ? サマルカンドへ』(2001)『ロング・マルシュ ? ステップの風』(2003)『どん底物語』(短編小説集、2001)『マッチと爆弾』(大都市郊外の若者たちの惨状を論ずる。2007)『人生は六十歳から』(2008)『ロワール河の冒険』(2009)『世界を手玉にとったローザの物語』(長編小説、2013)ほか(出版社はすべてフェビュス社)。