叢書『アナール 1929-2010』――歴史の対象と方法(全5巻) 5 1980-2010

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  • エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリ+アンドレ・ビュルギエール=監修
  • ジャン=イヴ・グルニエ=編 浜名 優美=監訳
  • A5上製 576ページ
    ISBN-13: 9784865781267
    刊行日: 2017/06

「歴史学の危機」と、その後。 全5巻遂に完結!

「構造」「数量」「心性」という従来の歴史叙述の柱が再検討に附されたのち、歴史学はいかなる「批判的転回」を迎えたのか。表象、行為者、ミクロなどの対象に再注目した、R・シャルティエ、F・アルトーグ、M・オズーフ、J‐C・シュミットらの論文を収録。


目次

第Ⅴ巻序文 1980年以後の『アナール』と歴史叙述
     ジャン=イヴ・グルニエ
第1章 マレー半島における時間と空間の概念
     ドゥニ・ロンバール
第2章 世論の誕生――アンシァン・レジーム期の政治と世論
     キース・マイケル・ベイカー
第3章 工場労働者の空間と経歴――20世紀前半のトリノの場合
     マウリツィオ・グリバウディ
第4章 政治と社会――ファシスト・イタリアとナチス・ドイツにおける権力の諸構造
     フィリップ・ビュラン
第5章 表象としての世界
     ロジェ・シャルティエ
第6章 沈黙、否認、寓話化――ポルトガル文化におけるアルカセル・キビール大敗北の思い出
     リュセット・ヴァランシ
第7章 時間と歴史――「フランス史をどう書くか」
     フランソワ・アルトーグ
第8章 イマーゴの文化
     ジャン=クロード・シュミット
第9章 共和国理念と国民の過去についての解釈
     モナ・オズーフ
第10章 身体、場、国民――フランスと1914年の侵攻
     ジョン・ホーン
第11章 世界と国民の間――アジアにおけるフェルナン・ブローデル的地域
     ロイ・ビン・ウォン
第12章 中国における正義の意味――新たな労働権を求めて
     華林山イザベル・ティロー
第13章 自然の人類学
     フィリップ・デスコラ
第14章 指揮者――権力の実践と政治的隠喩
     エステバン・ブック

 監訳者あとがき  浜名優美
 跋 巨大な歴史学の鉱脈  樺山紘一



関連情報

1970-80年代を特徴づけるのは、第二次世界大戦よりこのかた歴史叙述の骨格となってきた三本の柱――「構造の歴史」、「数量的研究」および「心性の歴史」――の再検討であり、それはおそらくどこにもましてフランスで盛んだった。構造や数量を扱う研究がいずれ衰退してゆくことは遠見明察の歴史家たちに早くから予見されていたが、1979年に発表された二篇の論文が暗雲ただならぬ気配を暴露してしまった。第一はイギリス生まれのアメリカの歴史家ローレンス・ストーンが『過去と現在』〔85号〕に寄せた論文〔「物語の再生」〕で、極端な抽象に走る歴史学を槍玉にあげ、出来事を蔑ろにして構造ばかりにかまけ、モデルを有難がる一方で過去についての語りそのものを顧みない点をあげつらった。第二はイタリアの歴史家カルロ・ギンズブルグが書いた論文で、何かを説明するために法則や規則性を求め、以て因果関係の体系化を企てる歴史研究を「ガリレイのパラダイム」と呼んで、これを痛烈に批判した。
名指しこそしていないが、『アナール』も射程に入れたこれらの批判が、1980-90年代、歴史学的知の再検討の動きを先導したのである。
(本書第Ⅴ巻序文より)


■私が示唆しておきたいのは、ここ数十年の歴史研究の真の変化は、宣言するよりも証明してみせるべき「社会科学の全般的な危機」や、熱望する人たちがいるという事実だけで現実のものとならない「パラダイムシフト」によって生み出されたのではないということである。つまり、真の変化とは、歴史研究の営みそれ自体において、20年あるいは30年来歴史の歩みを支配してきた歴史認識の原則に対して距離が取られるようになったという事実に関わっているのだ。
■これまでの歴史認識には、三つの本質的な原則があった。第一に、グローバル・ヒストリーという企て。これこそが、社会全体のさまざまに異なるレベルを一挙に捉え関連づけることを可能にするとされた。第二に、研究対象の空間的限定。研究対象はえてして、ある特定の空間(町、「国」、地方)に根付いた一社会の記述であった。それは、全体史が要求するような史料の収集と処理が可能になるための条件だった。第三に、社会階層別の区分に認められた優位。この区分は、文化の差異と分割についての解釈を組み立てるのに適していると考えられた。ところが、徐々にこうした確実性の総体に亀裂が生じ、多様なアプローチや多元的な解釈を許すに至ったのである。
■第一の点について言えば、実際、歴史家たちは、社会の総体の記述や、威圧的ともなったブローデル的なモデルを放棄して、経済的、社会的、文化的、政治的といったさまざまな実践と時間性の間に厳格なヒエラルキーの区分けをすることなしに、また、技術的であれ、経済的であれ、人口統計学的であれ、あらかじめ決定された特定の総体に優位を与えずに、社会の仕組みを考えようとした。そこから、社会をそれまでとは別の仕方で解明するための試みが生まれたのである。それはつまり、よく知られていないものであれ誰もが知っているようなものであれ、ある一つの出来事、ある一人の人物の人生の物語、ある一連のプラティークといった特定の切り口から出発して、社会を構成する結合と対立の絡み合いを把握しようとする試みだった。それはまた、いかなるプラティークも構造も表象によって作り出されるのであり、互いに矛盾し衝突するこうした表象によってこそ、個人や集団が自分の生きている世界に意味を与えるという考えに基づいていた。
(第5章より)


【監修者紹介】
エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリ(Emmanuel Le Roy Ladurie)
1929年生。アナール派の代表的な歴史家。名門のリセ、アンリ4世校を終えたのち、高等師範学校に進んで歴史学を学ぶ。1955年、南フランスのモンプリエ大学に赴任し、近世、近代フランス史を研究、講義。高等研究院第6部門研究指導教授を経て、1973年、ブローデルの後任としてコレージュ・ド・フランスに迎えられ、現在、同名誉教授、フランス学士院会員、元フランス国立図書館長。著書に『ジャスミンの魔女――南フランスの女性と呪術』(1983年、邦訳新評論)、『新しい歴史――歴史人類学への道』『気候の歴史』(1983年、ともに邦訳藤原書店)、『モンタイユー――ピレネーの村』(1974年、邦訳刀水書房)、『ラングドックの歴史』(1966年、邦訳白水社)など。

アンドレ・ビュルギエール(Andre Burguiere)
1938年生。主な関心は農民の世界。社会科学高等研究院教授。著書に『風景と農民――10世紀から20世紀までの田舎の歴史』(1991年)、『家族の歴史』(セガレンほかと共同編集、1986年)、『フランス史』(全4巻、ルヴェルと共同編集、1989-1994年)、邦訳論文としては「フランスにおける結婚儀礼――教会の慣習と民衆の慣習」(新版『叢書・歴史を拓く――『アナール』論文選2 家の歴史社会学』藤原書店)「60年代の集団的調査――プロゼヴェットでの学際的調査」(関西学院大学先端社会研究所『先端社会研究』第4号)など。

【監訳者紹介】
浜名優美(はまな・まさみ)
1947年生。早稲田大学大学院文学研究科フランス文学専攻博士課程単位取得満期退学。南山大学名誉教授。専攻は現代文明論・フランス思想。著書『ブローデル『地中海』入門』(藤原書店、2000年)。訳書にブローデル『地中海』Ⅰ―Ⅴ(藤原書店、1991-95年)など多数。

【編者紹介】
ジャン=イヴ・グルニエ(Jean-Yves Grenier)
経済史。社会科学高等研究院教授。主な著書に『アンシァン・レジームの経済』(1996年)、『グスタフ・シュモラーからマックス・ウェーバーまでのドイツの歴史と政治経済学』(2004年)、『歴史における政治の負債』(2006年)、『アンシァン・レジーム期フランスの経済・政治思想史』(2007年)、『近代フランス事典』(編著、2003年)など。

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