- 後藤新平 著
- 鈴木一策 編=解説
装画=岡本一平
- B6変上製 192頁
ISBN-13: 9784865782394
刊行日: 2019/8
今われわれは後藤新平から何を学べばよいのか?
時代の先覚者・後藤新平は、関東大震災から半年後、東北帝国大学学生を前に、「第二次世界大戦を直観」した講演をした!――『国難来』
〈附〉世界比較史年表(1914-1926)
目次
はじめに 後藤新平研究会・鈴木一策
■国難来
前 文
一 内憂外患こもごも到る
二 現代的会議病と国難
三 第二次世界動乱の陰影
四 極東の形勢と日露修交
五 最大級の国難
六 護憲運動に対する厳正批判
七 「我党内閣」は時代錯誤
八 自ら責めて他を許せ
九 買収選挙と自治教育
十 選挙「権」か選挙「義務」か
十一 専門崇拝病と総合的常識
十二 国民思想動揺の由来
十三 外来思想とわが国民の消化力
十四 自信ある国民は赤化を恐れず
十五 「力」の政治より「奉仕」の政治へ
十六 国体の精華を確認せよ
■普選に備えよ
小序
普選ようやく成立
『国難来』を警告した
禍を転じて福となす大光明
有権者の自治的自覚
自治宗のお題目
『政治は奉仕である』
〈コラム〉普通選挙とは――日本の選挙制度史の概略(~一九二五年)
〈解説〉『国難来』を読む――後藤新平の「東西文化融合」の哲学―― 鈴木一策
はじめに
関東大震災と東日本大震災
自然を支配できるという奢り
一 第一次世界大戦の戦後処理に、第二次世界大戦を直感
ドイツ参戦の根本的理由
後藤の驚くべき国際認識
ドイツ帝国を追い詰めた過酷な戦後処理
後藤新平は、ロシア革命後のアメリカとドイツをどう見たか
二 国家の私物化を克服する「大調査機関」構想
水力発電事業の大調査――日本の風土に最適で、地方自治にも役立つ
水力発電の大調査を中止させた西園寺内閣
広軌鉄道事業を拒絶した原敬の政友会
三 「東西文化融合」構想と自治の哲学
「下学して上達する」――孔子の哲学の発掘
鬼神を祭る禹の治山・治水の大事業
蕃山の王道論を継承した後藤の自治論
〈附〉世界比較史年表(1914–1926)
関連情報
■私は、あの四百七十か条からなる「ベルサイユ」平和条約が、世界の平和を再建する権威ある合理的な決議であるとは、どうしても信じることができない。
■あの条約調印の当時、まったくの門外漢としてロンドンにいた私は、その時すでに、この条約調印の日は、世界戦争の終りの日ではなく、むしろ第二次世界動乱の始めの日であると直感した。
■そこで、その第二次世界動乱の日には、わが国はおそらく第一次世界戦争当時のような傍観者的地位にいることはできないであろう、その第二次世界動乱の大波濤はかならず東洋方面に倒れ来たって、ついにわが国の国難となるであろうと思った。
■政党はすべて利権獲得株式会社である。
いったん政権を手に入れれば、早速に国家の金蔵から盗み、公有の山林をこっそり奪い取り、あらゆる罪悪的な利益の独占に溺れ浸りきって、少しも恥じないばかりでなく、わが会社の株主に、これこれの利益配当を与えると偉そうに言いふらし、全国に株主を募り、多くの株主を背景にもっと大掛かりな盗み略奪の輪を拡大して、止まるところを知らぬに至っているではないか。
「我党内閣」という言葉は、国家を私有財産視する徒党の本領を、切実に見事に表現した名文句である。1924.3.5(後藤新平『国難来』より)
著者紹介
●後藤新平(ごとう・しんぺい)
1857年、水沢(現岩手県奥州市)の武家に生まれ、藩校をへて福島の須賀川医学校卒。1880年(明治13)、弱冠23歳で愛知病院長兼愛知医学校長に。板垣退助の岐阜遭難事件に駆けつけ名を馳せる。83年内務省衛生局に。90年春ドイツ留学。帰国後衛生局長。相馬事件に連座し衛生局を辞す。日清戦争帰還兵の検疫に手腕を発揮し、衛生局長に復す。98年、児玉源太郎総督の下、台湾民政局長(後に民政長官)に。台湾近代化に努める。1906年9月、初代満鉄総裁に就任、満鉄調査部を作り満洲経営の基礎を築く。08年夏より第二次・第三次桂太郎内閣の逓相。その後鉄道院総裁・拓殖局副総裁を兼ねた。16年秋、寺内内閣の内相、18年春外相に。20年暮東京市長となり、腐敗した市政の刷新、市民による自治の推進、東京の近代化を図る「八億円計画」を提唱。22年秋アメリカの歴史家ビーアドを招く。23年春、ソ連極東代表のヨッフェを私的に招き、日ソ国交回復に尽力する。23年の関東大震災直後、第二次山本権兵衛内閣の内相兼帝都復興院総裁となり、再びビーアドを緊急招聘、大規模な復興計画を立案。政界引退後は、東京放送局(現NHK)初代総裁、少年団(ボーイスカウト)総長を歴任、「政治の倫理化」を訴え、全国を遊説した。1929年遊説途上、京都で死去。
【編者】
●鈴木一策(すずき・いっさく)
1946年、宮城県仙台市に生まれる。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。哲学、宗教思想専攻。國學院大學、中央大学などで講師を務めた。著書に『マルクスとハムレット』(藤原書店、2014年)、訳書に、ピエール・マシュレ『ヘーゲルかスピノザか』(新評論、1986年)、スラヴォイ・ジジェク『為すところを知らざればなり』(みすず書房、1996年)などがある。2000年から学芸総合誌・季刊『環――歴史・環境・文明』の編集委員(~2015年)。2005年から後藤新平研究会の主要メンバーとして参加。『後藤新平の会会報』に「熊沢蕃山と後藤新平」を2016年から連載。近刊として『後藤新平と5人の実業家』(藤原書店、2019年)に共同執筆。石牟礼道子『完本 春の城』(藤原書店、2017年)解説を執筆。
*ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです