- 玉井義臣 著
- A5上製布クロス装 568頁・カラー口絵4頁
ISBN-13: 9784865784329
刊行日: 2024/8
生涯を遺児救済運動に捧げてきた稀有の社会運動家の軌跡
毎年の街頭募金と寄付金により、交通事故・災害・病気・自死などさまざまな理由で親を喪った遺児たちを支える「あしなが運動」。現在、誰もが知るようになったこの運動の誕生から現在に至る60年の軌跡を、創始者・玉井義臣の仕事から描く著作集成。
【著者メッセージ】
『玉井義臣の全仕事 あしなが運動六十年』(全4巻・別巻一)は、私たちが歩んできた道のり、携わってきた仕事、その記録の全てを集成したものである。ここには私たちの想いのすべて、喜びも、哀しみも、怒りも、私たちが味わってきた感情のすべてが濃密に詰まっている。ぜひ、これからを生きる若いひとたちに読んで欲しい。 玉井義臣
◎推薦=吉永小百合 山極壽一 山下泰裕 ウスビ・サコ
★内容見本呈
3 あしなが育英会の誕生と発展 1994–2024 [第2回配本]
「あしなが運動」の爆発的展開!
交通遺児、災害遺児、病気遺児、自死遺児などすべての遺児に奨学金を!
阪神・淡路大震災と東日本大震災のすばやい現地調査と救済活動の実現の舞台裏に迫る!
◎月報=田中澄江/宇井純/菊地良一/あしなが奨学生・卒業生/遺児の母親
目次
総序 日本が世界に誇るあしなが運動とあしながさん
――『玉井義臣の全仕事 あしなが運動六十年』刊行にあたって――
第Ⅲ巻の序 「れんたい」から「共生」へ
第Ⅰ部
第1章 あしなが運動のルネサンス 1994–1996
――病気遺児、災害遺児への「愛の手」――
第2章 だから、あしなが運動は素敵だ 1997–1999
――あしなが運動は誰もが参加できる壮大な人間ドラマ――
第3章 長いお見守りがご視察実現に 2000–2002
――天皇・皇后両陛下をレインボーハウスにお迎えする――
第4章 百年の計には人を植えよ 2003–2005
――心、それが人間を人間にする、あしなが心塾建設へ――
第5章 愚直に、一生懸命(WORK HARD)に 2006–2009
――世界の遺児2億人が最低限の人権を回復する運動へ――
第6章 遺児の力とあしながさんの善を愚直に 2010–2013
――東日本大震災に無我夢中でたち向かう――
第7章 あしなが「アフリカ遺児高等教育支援100年構想」 2014–2016
――世界の賢人達人の協力で、高等教育の力を証明する――
第8章 何があっても、君たちを守る 2017–2020
――大学進学こそ究極の貧困治療だ――
第9章 弱者とともに生きていく 2021–2024
――奨学生諸君、世界を見よ、愛を見よ、そして学べ――
第Ⅱ部
第10章 教育の力でアフリカに夜明けを
――玉井義臣、大いに語る1――
第11章 母の輪禍から東日本大震災まで
――玉井義臣、大いに語る2――
第12章 私の「玉井義臣論」1 副田義也
――玉井義臣は、日本人の人間性、思いやり、愛情と正義を引き出した――
第13章 私の「玉井義臣論」2
――共助の灯をともし続けた玉井義臣の心意気――
第14章 もうひとつの共生、「独白」玉井義臣
――40年、共に生きた同志群像――
おわりに――日本発世界行、あしなが運動
初出一覧
関連情報
交通遺児育英会を追われた玉井義臣は、わずか4人の同志とともに、「あしなが育英会」を拠点に甦る。「れんたい」終了後わずか1カ月あまりの1994年、新機関紙『NEWあしながファミリー』を創刊、連載コラム「共生」をスタートさせた。以来、2024年に至るまでの連載コラムを、本巻に収録する。
玉井のもとには、交通遺児育英会時代に育てた俊英が続々集結、交通遺児、災害遺児、病気遺児、自死遺児救済と、「あしなが運動」は爆発的に拡大する。その1つのピークが、阪神・淡路大震災での育英会職員による現地調査と、すばやい救済活動だった。
また、遺児作文集『黒い虹』から生まれた遺児の心のケアハウス「神戸レインボーハウス」に、2001年、天皇・皇后両陛下(現上皇・上皇后両陛下)をお迎えし、ほぼ同時期、ウガンダのエイズ遺児救済運動へと、国際的な活動が本格化する動きも、リアルタイムでコラム「共生」に詳述される。
故副田義也筑波大学名誉教授をはじめとする15人のあしなが同志たちが語る、それぞれの「玉井義臣像」。玉井自身も、あしなが運動半世紀の総括と、あしなが運動の同志たちの群像を通じて、あしなが運動のこれまでとこれからを描く。
著者紹介
●玉井義臣(たまい・よしおみ)
1935年大阪府生まれ。滋賀大学卒業後、経済ジャーナリストとしてデビュー。母親の交通事故死から被害者の救済問題を提起し、日本初の「交通評論家」として活動開始。TVワイドショー「桂小金治アフタヌーンショー」出演をきっかけに、69年に財界重鎮・永野重雄氏と民間ボランティア団体「遺児を励ます会」等の協力を得て「財団法人・交通遺児育英会」を設立、専務理事に就任する。94年同育英会への官僚天下り人事に抗議する形で専務理事を辞任。災害・病気・自死遺児など全ての遺児の支援のために設立した「あしなが育英会」の副会長に就任。98年、会長に就任。現在は支援の対象を国内に止めず、世界の極貧地アフリカのサブサハラ49か国から優秀な遺児を毎年1国1人選抜し、日本と世界の有数大学に留学させ、帰国後国づくりに参加させ、ひいては世界の貧困削減につなげる「アフリカ遺児高等教育支援100年構想」に邁進している。
69年以降の玉井主導募金額1100億円で高校・大学等に進学した遺児は11万余人に上る。2012年、遺児進学と東日本大震災での迅速な遺児支援活動、アフリカ遺児への教育支援100年構想に対し「世界ファンドレイジング大賞」。2015年、日本及び世界の遺児に教育的サポートを行ない、遺児を貧困の連鎖から解き放つ運動を展開し、人権の擁護に努めたことに対し「エレノア・ルーズベルト・ヴァルキル勲章」。2018年、日本国内外を問わず、現代において後藤新平のように文明のあり方そのものを思索し、それを新しく方向づける業績を挙げたことに対し「第12回後藤新平賞」を受賞している。その他受賞多数。
著書に『愛してくれてありがとう』(2020年)、『玉井義臣の全仕事 あしなが運動六十年』(全4巻・別巻一、2024年-)、編著に『何があっても、君たちを守る 遺児作文集』(2021年、いずれも藤原書店)他。
*ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです