- 速水融編、磯田道史、宇江佐真理、斯波義信、永積洋子、宮本常一、宮本又郎他
- 四六上製 432頁
ISBN-13: 9784894347908
刊行日: 2011/03
「江戸論」の決定版
「江戸=近世」は、プレ・モダン(前近代)か、アーリー・モダン(初期近代)か?
「江戸時代=封建社会」という従来の江戸時代像を全面的に塗り替えた30年前の画期的座談集に、新たに磯田道史氏らとの座談を大幅に増補した決定版。
「本書は、江戸時代を見つめ直すことにより、日本の経験や、日本社会が持っていたものは何だったのかを今一度問うてみようとする試みである。
目次
序 章 勤勉革命と産業革命 速水融
江戸時代像の変容 / 「近世」とは何か / 成熟していた江戸文化 / 経済社会の誕生 / 勤勉革命と産業革命 /
石高制にみる江戸時代の二面性
第1章 歴史のなかの江戸時代 速水融
教科書のなかの江戸時代 / 「天動説」と「地動説」 / 歴史研究における史料 / 日本史研究の二つの欠陥 /
「封建」 の語の定義 / 経済学はどうか / 歴史はフィクションか? / 固定化された江戸時代像 /
近代化=西洋化なのか? / 江戸時代における日本の 「近代化」
第2章 歴史の物差し 増田四郎・速水融
変えなければならぬ物差し / 「封建制」とは何か / 転換期としての16世紀 / 国民経済成立の違い / 歴史家の窮極の使命
第3章 自然環境と生活 荒川秀俊・西岡秀雄・伊藤和明・速水融
「自然」は不変なのか / 気候は穏やかだったか? / トド島・アシカ島の「移動」 / 浅間山の大噴火と飢饉 /
火事と風向きの変遷 / 飢饉の原因は? / 地変の歴史 / 元禄地震の飯茶碗 / 安政の大地震 /
自然変動と人間活動 / 自然科学者と歴史家の協力の必要
第4章 「鎖国」下の国際関係 岩生成一・永積洋子・田代和生・速水融
鎖国というレッテル / 豊富な貿易史料 / 「鎖国」をめぐって / アジアをめぐった日本の貨幣 / 銀の道 /
「人参代往古銀」の秘密 / 国家形成と対外関係 / 国際関係は無視できぬ
第5章 銀の小径――イエズス会と対馬文書から 高瀬弘一郎・田代和生・速水融
評価の高い2冊の著書 / 研究は史料集めから始まった / 未開地渉猟の楽しみも / 貿易商品としての銀 /
歴史のなかの銀の道 / アジア型国際交流の源流 / イエズス会と日本 / 新しい視点での日本史研究を
第6章 「鎖国」を見直す 斯波義信・川勝平太・永積洋子・速水融
研究を始めた頃 / 豊臣秀吉とフェリペ二世が会談したら…… / 中国は「外国人嫌い」か /
日本も西洋も持たなかった国際秩序 /他者には通用しない日本型華夷秩序 / 中国語で書かれた外交文書 /
なぜキリスト教布教は失敗したのか / 西洋の産業革命と日本の勤勉革命 / 「鎖国」期にこそ定着した中国的文明 /
家族制度にまで影響を与えた国際環境 /他者があって初めて形成しえた国民意識
第7章 経済政策の視点から 梅村又次・西川俊作・速水融
経済学でどこまで遡れるか / 柔軟な吉宗の享保改革 / 経済政策から見た田沼時代 / 様々な隘路 / 貧弱な輸送手段 /
寛政改革から化政期へ / 歴史の折れ目 / もう一つの「近代化」
第8章 「近世の秋」 新保博・宮本又郎・速水融
金遣いの江戸、銀遣いの大坂 / 堂島米市場 / 諸色値段の動き / 元文・文政の貨幣改鋳 /
大坂の爛熟 / 大坂の衰退
第9章 都市と農村の暮らし 宇江佐真理・速水融
江戸の知恵に救われた村 / 東北に見たパラダイス / 宗門改帳から探る江戸の暮らし /
現代につながる向上心の時代 / 案外、楽観的に生きた庶民 / あり得たかもしれない暮らしの姿
第10章 庶民の生活文化 宮本常一・速水融
庶民の生活 / のどかな農村の生活 / 庶民文化の横への広がり / 庶民の服飾革命 / 昼飯と食器 / 魚と鶏 /
サツマイモと塩 /小さくても家 / 文献を使う使わないではない
第11章 大衆化社会の原型 木村尚三郎・山崎正和・速水融
江戸時代と現代の文化 / 憧れと「ハレ」の世界・江戸 / 大衆文化の時代 / 文化史より見た「鎖国」 / 歴史のタイミング /
過密と不満 / 「明治衣がえ国家」
第12章 外から見た江戸時代 T・スミス/R・トビ/M・フルイン/速水融
江戸時代の特徴はどこにあるか / 競争社会と共同体 / 300年の平和 / 無差別な文化の普及 / 旅と手紙 /
高い識字率を支えたもの / 近代化と市民革命 / 「愚者」の役割
終章 江戸時代と現代 磯田道史・速水融
師弟としての出会い / 江戸時代への斬新なアプローチ / 座談会シリーズ企画のきっかけ /
研究の出発点としての太閤検地論争 /「土地」から「人」へ / 行政の文書化 / 武士の「兵士」化 /
税からみた江戸時代 / 「中世」的な藩が明治維新を主導した逆説 / 江戸時代の識字率 /
日本の地域的多様性 / すでに「近代」だった江戸時代 / 明治まで残存していた「江戸」 / 江戸と明治の連続性 /
江戸時代の行政機能 / 江戸前期は環境破壊の時代 / 「家」と「勤勉」という江戸的価値の行方 /
「人口学」が存在しない日本 / 東アジア全体の危機
編者あとがき
出典一覧
関連情報
江戸時代に関するイメージは、ひと昔前まで、一口で言えば暗いものだった。いわく搾取と貧困、鎖国、義理人情、そういった言葉がこの時代を表わす常套句であった。約三十年前に書いた「歴史のなかの江戸時代」(本書第1章)でも詳しく述べたように、当時の教科書では、江戸時代は無前提的に封建社会として描かれ、封建社会なるがゆえに、身分制社会であり、自由を奪われた農民は土地に縛り付けられ、商人は儒教的道徳から士農工商の最下位に位置した、とされていた。
この度、改めて刊行する『歴史のなかの江戸時代』は、一九七六年一月から雑誌『諸君!』に連載され、翌年、単行本として刊行された東洋経済新報社版に、その後なされた対談・座談のいくつかを加えたものであるが、こうした対談・座談シリーズを企画したそもそもの狙いは、多くの方々の意見を伺いながら、上に述べたような江戸時代に関する通念を問い直すことにあった。
この試みに対し、中には賛意を表して下さった方も居られたが、風当りも強かったことも事実である。筆者自身、いささか肩に力が入り過ぎ、攻撃的な表現が強くなってしまった。しかし、当時考えていた江戸時代像は、現在でもぶれていない。他方で、現在の江戸時代に対する世論は、大きく変わった。一種の「江戸ブーム」とも言える風潮の中で、賛美に近い評価さえ出てきている。筆者から見れば、いささか行き過ぎではないか、とさえ思われる評価もあり、今度は江戸時代は決してバラ色一色ではなく、少なからず暗黒面を有する社会であった、と述べざるを得ないような状況になっている。
例えば、歴史人口学の立場から言えば、江戸時代の後進性として、とくに都市における公衆衛生の欠如が挙げられる。「天保の大飢饉」なども、実は飢饉以上に感染症による被害がかなり大きかったのであり、平均寿命も、実は農村よりも都市の方が短かったのである。
「江戸暗黒説」から「江戸礼賛説」へという江戸時代像の変容には、この三十数年間に生じた内外の社会的変動も関係しているのだろう。七〇年代末の社会主義国家中国における改革開放政策の開始、八〇年代の日本の高度経済成長とバブル崩壊、八九年のベルリンの壁崩壊とそれに続くソ連邦解体は誰もが予想しなかった大きな出来事だった。こういった過程のなかで、江戸時代暗黒説は次第に影を薄くしていったのである。
【著者紹介】
●速水融(はやみ・あきら)
1929年生。1950年慶應義塾大学卒業。慶應義塾大学名誉教授,国際日本文化研究センター名誉教授,麗澤大学名誉教授,文化勲章受章者,日本学士院会員。経済学博士。経済史・歴史人口学専攻。著書に『近世農村の歴史人口学的研究』(東洋経済新報社)『近世濃尾地方の人口・経済・社会』(創文社)『歴史人口学で見た日本』『大正デモグラフィ』(文春新書)『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』『歴史人口学研究』『〈増補新版〉強毒性新型インフルエンザの脅威』(岡田晴恵編,共著,いずれも藤原書店)『近世初期の検地と農民』(知泉書館)他多数。