- エマニュエル・トッド 著
- 松川周二/中野剛志/西部邁/関曠野/太田昌国/山下惣一/関良基/F・リスト/D・トッド/J-L・グレオ/J・サピール
- 四六上製 272頁
ISBN-13: 9784894348288
刊行日: 2011/11
TPP参加という愚策。自由貿易は、デフレを招く。
リスト、ケインズが構想した「保護貿易」とは何か?
リスト、ケインズが構想した「保護貿易」とは何か?
自由貿易による世界規模の需要縮小こそ、世界経済危機=デフレ不況の真の原因だ。したがって、さらなる貿易自由化は、いっそうの需要不足・供給過剰を招き、デフレをさらに悪化させるだけである。「自由貿易」と「保護貿易」についての誤った通念を改めることこそ、経済危機からの脱却の第一歩である。
目次
はじめに
第 Ⅰ 部 保護貿易とは何か ―― フリードリッヒ・リストから考える
1 フリードリッヒ・リストの経済学批判
E・トッド
(石崎晴己訳)
(石崎晴己訳)
3つの世界の市民 / 経済主義に立ち向かう経済学者 / プラグマティズムと節度 /
「国民」 の存在とその輪郭の不明確さ / 現実主義と暴力 / リストとケインズ /
歴史の中の経済
2 政治経済学と世界主義経済学
F・リスト
―― 『経済学の国民的体系』 第11章 ――
(小林昇訳)
アダム・スミス学派の誤謬 ―― 国民国家と政治経済学の否定 / 「永久平和」 という
虚構的前提 / 政治統合と経済統合の時間的順序 / 生産諸力の世界主義的な傾向 /
生産諸力を呼び込むための保護主義
3 「ホモ・エコノミクス (経済人)」 とは何か
〈インタビュー〉
E・トッド
(石崎晴己訳)
(石崎晴己訳)
子供を育てるのは非生産である / 人類の普遍性と多様性 / フリードリッヒ・リスト
について / 保護主義とフランスの政治状況
第 Ⅱ 部 自由貿易と保護貿易の歴史
4 保護主義と国際自由主義
D・トッド
―― その誕生と普及 1789-1914 ――
(石崎晴己訳)
保護主義の創出 / 経済的ナショナリズムの国境横断的普及 / フリードリッヒ・リスト /
ヘンリー・キャレイ / 結 論
5 ケインズの貿易観の変遷
松川周二
―― 論説 「国家的自給」 をどう読むか ――
ケインズの現実主義 / 1920年代の自由貿易擁護論 / 1930年の保護貿易擁護論 /
金本位制離脱後の保護貿易批判論 / 1933年の論説 「国家的自給」
第 Ⅲ 部 自由貿易こそ経済危機の原因
6 賃金デフレこそ世界経済危機の根本原因
J-L・グレオ
―― ヨーロッパ保護貿易プロジェクト ――
(坂口明義訳)
株主至上主義と賃金デフレ / 家計と政府の過剰債務 ―― 労働の再評価以外
に道はない / ヨーロッパ保護貿易プロジェクト / 自由貿易と保護貿易をめぐるQ&A
7 リベラルな保護主義に向けて
中野剛志
―― 「市場」 を規定する政治 ――
関税からアーキテクチャへ / 国家による自由民主主義の防衛
8 統計の人為性による自由貿易のイデオロギー化
J・サピール
―― 『脱グローバリゼーション』 第1章 ――
(井村由紀訳)
1980―1990年代の自由貿易の波 / GDPの増大=富の増大か? / 環境破壊と
グローバル化の隠れたコスト / 市場のグローバル化で得をするのは誰か? /
タイムラグと競争現象 / グローバル化の中での国内政策への回帰 / 理性に
基づく適度な保護主義のために
9 自由競争教という現代の狂気
西部邁
交換における 「力」 という神秘 / 市場活力という戯言 / イノヴェーションという魔語 /
価格の不安定、 市場の不成立 / デマゴギーによるデモクラシー
10 「自由貿易」 とアメリカン・システムの終焉
関曠野
[自由貿易か保護主義か」 ではない / 自由貿易論の出自と第二次大戦の原因 /
ブレトン= ウッズ体制とは何か / ニクソン・ショックと金融化 / グローバリゼーション
と自由貿易 / 貿易か自給か / 追記 ―― 三つの作り話
11 自由貿易と世界経済危機のメカニズム
〈インタビュー〉
E・トッド
12 自由貿易と民主主義
〈インタビュー〉
―― 経済と政治の一致の必要性 ――
E・トッド
―― 経済と政治の一致の必要性 ――
第 Ⅳ 部 TPP参加という愚策
13 「環」 (Trans-) という概念から考えるTPP問題
太田昌国
―― 「環日本海」 と 「環太平洋」 ――
「環日本海」 / 「環太平洋」 の歴史的文脈 ―― 「黒船」 の意味 / TPPの歴史的
文脈 ―― 中南米での教訓 / 対米追従の歴史的文脈 ―― 「環日本海」 と 「環
太平洋」 / ナショナリズムによらないTPP批判を
14 自由貿易と農業・環境問題
関良基
―― マルサスから宇沢弘文まで ――
マルサスと食料安全保障 / 農産物の価格弾力性 / グレーアムの収穫逓増理論 /
環境経済学と外部不経済 / 宇沢弘文と社会的共通資本
15 第一次産業を消滅させて本当によいのか?
山下惣一
―― TPP問題の核心 ――
国家の危機、 国民の無関心 / TPPの当初の目的と米国参加後の変容 /
20年前の農業叩き / 第一次産業の崩壊=国土の崩壊
16 TPPは日本にふさわしい地域協定ではない
〈インタビュー〉
E・トッド
執筆者・訳者紹介
関連情報
2011 年の念頭にあたって菅直人前首相は、「本年を、明治の開国、戦後の開国に続く、『平成の開国』元年にする」として、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)など貿易自由化に向けた交渉・協議を本格化させる考えを表明し、続く施政方針演説でも「今年6月をめどに交渉参加について結論を出す」と宣言し、TPP参加を「第三の開国」と位置づけた。
元旦社説で新聞各紙も、「日本が交渉に乗り遅れれば、自由貿易市場の枠組みから締め出されてしまう」(読売)「自由貿易の強化は、貿易立国で生きる日本にとって要である。自由貿易を進めるTPPへの参加を進められるかどうか。日本の命運はその点にかかっている」(朝日)などと左右の立場を超えてこれに賛同した。まさに「右も左も自由貿易主義を推進」と仏の人類学者・歴史人口学者エマニュエル・トッドが指摘する通りの状況である。
このTPP参加問題は、その後の東日本大震災を受けて、一時、棚上げされていたが、9月末、野田佳彦首相が、11月開催のAPECでのTPP参加表明に向けて、早急に結論を出すよう与党幹部に指示し、プロジェクト・チームを急遽、発足させた。これは、APECにおいて米国などがTPPの大枠合意を目指していることを睨んでの動きだが、経済危機と東日本大震災後の復興への対応が迫られている現状において極めて重要であるはずの経済政策を検討するにしては、「バスに乗り遅れるな」式のあまりに拙速な議論である。だが、新聞各紙、とりわけ全国紙の社説は、TPP参加と自由貿易のさらなる推進を相変わらず主張し続けている。なぜなのか?
それは、「自由貿易が成長をもたらす」という漠然としたイデオロギーに囚われ、現在の経済危機の原因と対処法を見誤っているからであろう。
現在の経済危機は、デフレによってもたらされている。デフレとは、需要不足・供給過剰状態を指す。したがって、貿易自由化による安価や製品や労働力の流入は、さらなる供給過剰を意味し、デフレ不況への対処となるどころか、このデフレ状態をさらに悪化させるだけである。また外需頼みの輸出主導型成長も、現在の経済危機に対する根本的解決にならないことは、2008年のリーマン・ショックですでに明らかになっている。
トッドが『デモクラシー以後』で指摘しているように、世界経済危機の真の原因は、自由貿易による世界規模の需要縮小にこそあるのだ。だが、G8やG20に集まる各国の指導者は、これを認めようとせず、「保護主義に走ることこそ脅威である」と異口同音に唱えている。このように「自由貿易」が絶対視され、「保護貿易」がタブー視されるなかで、世界経済危機に対する適切な措置がなされないまま、危機がさらに深刻化する悪循環に陥っているのである。
本書が明らかにするように、リストやケインズが考えていた保護貿易は、排外主義的なイデオロギーなどではなく、時代状況を見据えての柔軟で節度をもったプラグマティックな政策なのであり、トッドの主張する協調的保護貿易論も、労働者賃金の再上昇をきっかけとする世界規模での需要拡大を企図した、デフレ脱却のための処方箋なのである。
「自由貿易」と「保護貿易」についての誤った通念を改めることこそ、経済危機からの脱却の第一歩である。ところが、このような深刻な危機にあって、日本は、全く愚かな政策を選択しようとしている。こうした危機感から本書を企画した。